開皇9年(紀元589年)、隋が全国統一を果たした。初代皇帝・楊堅の次子・楊広は、うわべは孝行息子だったが内心では皇位継承を狙っており、側近の宇文化及や正妻の蕭美娘とともに悪智恵をめぐらせて父王や皇太子の兄を暗殺。まんまと2代目皇帝の座についた楊広(諡は煬帝)は淫蕩にふけり、外征や大規模な土木工事を繰り返した。世は乱れ庶民は苦しみ、各地で反乱の動きが起こる。北斉の将軍だった父を幼くして失った秦瓊は、清廉な役人である一方、緑林の大物・単雄信とも親しく交わる仁義の士。楊広の叔父で隋の功臣である楊林に見込まれた秦瓊は、かねて心を通わせていた楊林の娘・玉児と晴れて夫婦になる。ところが楊林は父の仇だったことが分かり、衝撃を受けた秦瓊は楊林と決別。玉児から楊広の数々の悪行を知らされ、反朝廷の決意を固めるのだった。秦瓊、単雄信を筆頭に、羅成、程咬金、徐茂公ら志を同じくする46人の英雄好漢は瓦崗塞に集結し、朝廷をおびやかす一大勢力となっていく・・・。